まだ旅の途中
もし陶芸に出会ったきっかけが何かと聞かれれば、「そこにあったから」と登山家みたいな話をするかもしれません。(実際に登山家の方が「そこに山があるから」などと言ったかはギモンだですが…)なぜだか分からない不思議な流れで、とにかく今僕は陶芸をやっています。
ある作品に衝撃を受けて、陶芸体験に行ったことがきっかけで、そんなことでもないんです。○○に人生を変えられた、なんてドラマチックなエピソードもありません。ただただ泥臭く、いろんな所を歩き回って、その中で拾い集めてきたいろんなものをくっつけて出来上がっているのが今の私な気がします。
陶芸を始めたのは確か2021年だったと思いますが、遡るなら少なくとも2010年までは戻らなければならないでしょう。この年、会社員だった私は仕事を辞めて、”社会”の外に飛び出しました。学生の頃から心のどこかで憧れていた音楽活動をするために。
陶芸を始める前は、音楽活動をしながら6年ほどコーヒー屋で働いていました。正直音楽以上にコーヒーとエスプレッソに対して熱を入れ、厳しい店でしたが一応バリスタと呼んでもらえる立ち位置で仕事が出来るようになっていました。しかしコロナの波と、自身の音楽活動にいよいよ本腰を入れなければならないと言う想いで退職。そしてそのころから同時に、「自分の力でお金を稼げるようになりたい」と思うようになっていました。
「自分の力で」と言うのは、誰かに雇われて”お給料”をもらうのではなく、稼ぐということ。綺麗な家で美味しい餌を与えて貰える飼い犬よりも、ガリガリに瘦せていても野良犬の方が美しいと感じるのです。尖っていますね。とにかく21世紀になり、どうしてこれだけ様々な媒体が生まれているにも関わらず、働き方は半世紀以上変わらないのかとギモンに感じ始めていました。音楽だって今や世界中に発信できる。物を作れば誰だってネットで販売することが出来る。しかし無形のもの、ましてや音楽と言った無くても生きていけるものの難しさは分かっていたので、まずは何か形あるものを売る事が出来ないだろうか。という事で、父の存在が浮上して来たのです。
父は39年間陶芸と向き合い続けた職人です。何で稼ぐかと考えたときに、自分がエネルギーを注いできたコーヒー分野と陶芸を掛け合わせることが出来ないかと考えたのです。コーヒー業界にいる人の進路は大体決まっていました。社内の部署を異動していくか、別の店に転職するか、独立するかです。バリスタから陶芸家になった人は世界的に見てもそういないだろうと思いました。この辺りから、大切なコンセプトが生まれて来ていることが分かります。”日常使いする品物”に自分にしか出来ない価値を提供しようという考えです。
コーヒー屋で働き始める前は、半年~1年くらいニートでした。全く燃え尽きてしまって、何をして良いのか分からない状態に陥っていました。2013~14年くらいの事だったと思いますが、何に燃え尽きたのかと言うと、当時完全歩合制の飛び込みの訪問販売の仕事をしていて、その仕事に燃え尽きていたのです。
どうして音楽活動を志している人が訪問販売の仕事をしているのかと不思議なのですが、理由はその求人内容に”イベント企画”などと言った文言があったから。でも、その様な仕事内容はありませんでした。しかしここでの経験が、後のコーヒー屋での仕事、そして今後の人生においても大いに活きることになります。簡単に言うと、「一生懸命やっていれば、なんでも面白くなる」という事です。世の中で仕事が面白くないとか、愚痴ばかりこぼしている人は、一生懸命さが足りないのだと思います。
とにかく私はフルコミのための極貧生活と、さらにはやはりそこから出た方が良いという事を同僚のY(今でも大切な友人です)が教えてくれたために退職しましたが、その頃には文字通り精も根も尽き果てていました。
私は学生の頃から一人暮らしをしていたのですが、当時うちに友人Y(上記同僚とはまた別の、大切な友人)と言う人物が居候をしていました。彼は社会人をしていたのですが別の進路に変更するために退職し、勉強期間中を我が家で過ごしてくれていたのです。一方当時の私はと言うと、そもそも一貫して活動の軸にあったはずの音楽活動さえも行う気力がない。何せ訪問販売の仕事では週6日、朝から晩まで街を走り回る毎日だったのですから。そんな生活から解放された私は、全く何をして良いのか分かりませんでした。
流石にそろそろ働かないとと言うときに、同居人がしていたアルバイトが、のちに自分も働くことになるコーヒー屋でした。店舗が何店舗かあったので、同じ店では芸が無いと思い別の店舗に面接に行くことにしました。迷ってはいられなかったのです。
そんな友人Yとの出会いを振り返っていくと、それは2010年に社会に飛び出す更に前、大学生時代にまで遡る事になります。当時の私は家の近くのドーナツ屋でアルバイトをしていて、Yものちにその店でアルバイトをするのですが、接点はありませんでした。なぜなら歳が6つほど離れているので、出会っているはずがありません。そんな僕とYが出会う機会を作ったのが、当時のアルバイト先の先輩だったA(有難い事に今でも親交のある、こちらは腐れ縁的先輩)でした。ボードへ行くメンバーに一人欠員が出たと言う理由で、呼ばれたことがきっかけだったと思います。
こうやって陶芸を始めたきっかけを振り返ると、きっかけと言いますか源流を辿ると言った方がしっくり来るかもしれないですが、まずコーヒー屋で働いていた経緯があり、コーヒー屋で働き始めた理由は前職の営業の仕事で抜け殻になっていた期間があったためで、辛い期間でしたがその仕事を選ぶ必要がありましたし、その時に一緒に住んでいた人物もまたキーマンであり、その人物と出会ったのは学生の頃のアルバイトが関係しています。様々なタイミングで価値観、人生観、人間関係などを拾い集めてきたわけです。
この様に考えると、全ての人がそうなのだとは思いますが、今自分がやっていること、今の自分に起こっている事、これから起こる出来事や出会う人、全てが遥か昔から脈々と伝わり続けてきた何か偉大なものの成果、集合体だと思えてとても感慨深い気持ちになります。
自分はつまり、何だか分からないが今陶芸をやっているのです。ただそれだけであり、まだまだ旅の途中です。